ミッション2030と祈りを深めるセミナー ニューズレターNo.6 >>PDF版はこちら

1.はじめに:
1 月 14 日(日)午後 4 時からヨセフホールにて「召命-神の呼びかけ」というテーマのもと英隆一朗神父を講師に迎え、祈りを深めるセミナーを開きました。
150 人を超える方々が参加され、日々の信仰生活の中で神からの呼びかけに応えていくためのたくさんのヒントをいただきました。以下講演のまとめです。

2. 召命-神の呼びかけ-講師 英隆一朗神父:

2-1:祈りを深める:
「ミッション 2030」にはミッションを実施していくための 4 つの柱があります。 そして今年度のテーマ「祈りを深める」の中で、「自らの召命をしっかりと受けとめ、 信仰と生活を統合し、キリストの使徒として生きるため、神との生きた交わりを深め、 霊的養成(聖イグナチオの霊操に基づいて)を心がける」と宣言しています。

2-2:神からの呼びかけ:
この宣言の冒頭に「自らの召命をしっかりと受けとめ」とありますが、これにはキリスト教の根本的な考えが反映されています。すなわち神の呼びかけと人間の応答です。
私たちは、普段の生活において、自分のほうから何をしたい、自分が何を望んでいる かなどと自分の意思を表明しますが、キリスト者や聖書の世界ではまったく逆で、神の呼びかけが最初にあります。私たちからではなく、神のほうから接近して来るのです。
例えば、今日(1 月 14 日)のミサ第一朗読はサムエル記(サムエル上 3・3b-10, 19)の中にあるサムエルの召命のところでした。「主がサムエルを呼ばれた」、「主は 再びサムエルを呼ばれた」、「…これまでと同じようにサムエルを呼ばれた。『サムエ ルよ。』」とあるように、神のほうからサムエルに呼びかけています。

サムエルの場合は、はっきりと声が聞こえますが、私たちには普段の生活の中で神の 呼びかけがよく分かりません。しかし神が私たちに呼びかけ、イニシャティブをとら れていることは事実です。ですからそれを見極めどのように応答していくかが私たち のあり方になるのだと思います。

これは個人の場合だけでなく、グループでも同じだと思います。イグナチオ教会も、 神が望まれて、造られたのです。この共同体も、神の望みが何なのか、何を呼びかけられているのかを聴くことが必要です。

呼びかけに応えるところから、契約・きずなが結ばれることになります。キリスト者の基本的なきずなは洗礼です。洗礼は自分が望んだからと思いがちですが、神からの 呼びかけへの私たちの応答です。私たちが神の意志に心を開くのです。それが洗礼という形の契約となったのです。

2-3:使徒の召命-4 人の漁師を弟子にする(マルコによる福音書 1:16~20)
「イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アン デレが湖で網を打っているのをご覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、『わた しについて来なさい。人間をとる漁師にしよう』と言われた。二人はすぐに網を捨て て従った。また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網 の手入れをしているのをご覧になると、すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父 ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。」
マルコは本質を簡潔に述べる福音記者です。ここで記述されているようにシモンやアンデレが弟子にして下さいと頼んだのではなく、イエスが「わたしについてきなさい」 と言ったから彼らはすぐにそれに応えて弟子になったのです。マリアやモーセの場合も同様です。
聖書ではほぼすべて神が呼びかけ、人間がそれに応えるという形になっています。例えばつぎのエフェソの信徒への手紙 1-4 のところです。
「天地の創造の前に、神は私 たちを愛して、ご自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいて お選びになりました」とあります。「天地創造の前」から神が私たちをご覧になり、選んでくださったという、想像を絶する召命が書かれています。
さらにマルコは続けて、イエスがゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネにも声をかけ られ、彼らがすぐに呼びかけに応えて網を捨てイエスの後について行ったことを記述しています。

ですから私たちも神が私たち一人ひとりを先に見ておられるということを自分の中で静かにふりかえり、大胆に勇気をもって行動に表していきましょう。

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2-4:司祭・修道者の召命不足:
伝統的に召命と言う言葉は司祭や修道者が神からの呼びかけに応え 奉献の生活に 入っていくときに使われていましたが、今は一般信徒の場合にも使われています。例えば、彼らが神の招きに応え自分の道を歩んでいくときなどです。
ここで司祭・修道者の召命について話をするのは、「ミッション 2030」の背景に司祭・ 修道者が明らかに不足してきている現実があるからです。10 年後には深刻な司祭不 足となることはあきらかです。
例えば、私がイエズス会に入会したとき、会員数は 300 名ぐらいで、働いている会員 は 200 名を超えていました。しかし現在、会員数は 170 名程度で、実際に仕事に従事している会員は 50 名前後まで減少しています。イエズス会では司祭の叙階までに 10 年、最終誓願をするまでに 15 年ぐらいかかります。ですから、今、入会希望者がいない状況を考えると「ミッション2030」の頃には司祭がほとんどいなくなる計算になります。

この司祭不足は日本だけの状況ではなく世界的なものです。これまで日本に宣教師を多く派遣してきたドイツ管区はもう単独の運営が難しくなり、近い将来、中央ヨーロッパ管区(ドイツ・オーストリア・スイス・リトアニア・ハンガリーの5つの管区が 統合される形)になる予定です。ですから、将来、日本管区がフィリピンあるいは韓国の管区と合併する可能性を否定できません。

「東欧では司祭の召命もあり、カトリックが活性化しているのでは?」と言う質問が 参加者の中からありましたが、世界的には先進国の司祭召命の減少と、信徒の教会離れは現実のものです。もちろんアジアの中でもベトナムの教会のように勢いがあり、 若い人たちの参加が増えていることも事実ですが。全体的に見れば共産圏でも経済発展とともに減少傾向にあります。
日本を例にとって言えば、これからも厳しい状況が続いて行くと思います。たしかに 種を蒔く人はまだいますが、芽を育てる土壌が社会にも教会にもないように見えます。 一つの理由は家庭での信仰の継承がほぼ無くなってしまったからだと思います。
ワールドユースデーへの派遣などよい芽はありますが、よい土壌をどのようにして造っていくかはたいへん難しい課題です。ここにいる私たちが自分の召命、神からの呼びかけに生き生きと応えていくことはよい霊的土壌造りの第一歩になると思います。 またキリシタン時代の教会のあり方を学ぶことも霊的土壌造りのヒントを発見することにつながっていくと思います。

2-5:神の呼びかけの三つのレベル
現在、召命を司祭・修道者に限定するのは聖書的にも狭すぎると思います。神は、私 たち一人ひとりに呼びかけられており、私たちは自分が神から召し出されていることに気づき応えていくことが大切です。

神の呼びかけをつぎの三つのレベルで分けて考えるのがよいと思います:
1)キリストへの召命:
マザー・テレサは、神からの呼びかけは、キリストへの召し出し(Vocation for Christ)と言われます。神の呼びかけは、若さや年齢に関係なく私たち一人ひとり が神に呼びかけられていると言うことです。その結果私たちは洗礼を受けること になるのです。たとえ、そのときによく分からなかったとしても、洗礼を受けたと きのことを思いだし、なぜイエスは私を呼び出されたのか、また私に何をするこ とを望まれたのかをふりかえり問い直すことが大切です。

2)身分(state of life)への召命: 神の呼びかけはつぎの三つの生き方に分けられます。一つは司祭・修道者、二つ 目は結婚そして三つ目が独身生活です。
いずれも神の招きに応え、そのきずなの中で、生涯それぞれの生き方を神の国に 向かって完成させていくことだと思います。なぜなら神の呼びかけを聞いたとき その内容を十分に理解しているとは言えず、すべてを見通して呼びかけに応えることがたいへん難しいからです。呼びかけに応え続けるというか、自分の決断を日々あらたにして生涯かけて生きていくことが大切でしょう。

3)ライフスタイル(way of life) 神の呼びかけへの応答は私たちの自由な決断でなければなりません。ただそのとき留意しなければならないのは、神の思いと私たちの基準は往々にして違うからです。私たちがこの世的な幸福を願っていても、十字架を背負う生活をすることになるかもしれません。私たちの小さな知性では神の望みや期待の深さを計ることはできないからです。

2-6:召命と使命
召命と使命は一対のものです。命を召し出し、命を使うと書いています。私たちがイエスの招きに応えて派遣されることが使命であり、ミッションとなるのです。 イエスは私たちを何かのために使いたいのです。そしてそれが私たちのアイデンティティとなります。
マタイの福音書(16 章 13~18)では「~わたしも言っておく。あなたはペトロ。 わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。~」とあります。まさにペトロ(岩)がアイデンティティとなり、彼の使命、ミッションとなったのです。

そして私たちにとって使命とは仕事だけではなく、置かれた状況の中で命をどのように使っていくのか、どのように生きていくかと言うことです。

上智大学の構内に S.J.ハウスというイエズス会の司祭や修道者のレジデンスがあ ります。現在は 40 名ぐらいのイエズス会会員がいますが、昔は 100 名以上いました。そのころ「私たちの中で一番神様に近い会員は誰か」と言う話が出たことがありました。そこにいた全員が 1 人のブラザーの名を挙げました。
彼の仕事は伝統的なブラザーの仕事で S.J.ハウスの雑用、例えば、洗濯、スータン(僧服)や背広の縫製、ハウス内の修理・修繕などを一手に引き受けていました。彼がザビエルのように何万人に洗礼を授けたとか、たくさんキリスト教講座を持っていたとか、立派な神学書を何冊も書いたということではありませんでした。そのブラザーはただ自分に与えられた使命を誠実に祈りの心で果たしていた ことが輝いていたのです。

2-7:王であるキリストの呼びかけを聞く(霊操 91 番~100 番)
神からどう呼びかけられているかのふりかえりを通して理解できるように聖イグナチオの霊操からつぎの箇所を紹介します。言葉使いは少し分かりやすいように変えています。

霊操95番:
王であるキリストはつぎのように呼びかける。 「私は、神の国の完成のために、父の栄光に入ることを決めた。であるから、私と一緒に来たい者は、私と共に働かなければならない。こうして、労苦のうちに私について来た者は、栄光のうちにも私について来るであろう」と。
霊操96番:
判断力と理性のある人は皆、この仕事に身も心もささげるであろうと考察する。
上記の 95 番は、神であるキリストの私たちへの呼びかけであり、これを受け 96 番 ではこの呼びかけを聴き、理解した者は自分に与えられた使命を実践するよう決心 を促しています。

私たちが神の呼びかけに気づくためにはつぎのふりかえりをしてみたらどうで しょうか。
1 キリストは今まで、あなたにどのような呼びかけをしてきたか。
2 あなたは今まで、その呼びかけにどのように応えてきたか。
3 キリストは今、あなたにどのように呼びかけておられるだろうか。
4 あなたは今、その呼びかけにどのように応えたらよいだろうか。

1と2は静かに自分の過去をふりかえることであり、3と4は過去をふりかえった 後、今、自分はキリストからどのように呼びかけられているかを理解して、具体的に今からどうしていくのかを考察することです。新しいことをするかもしれないし、 あるいは今していることを新しい心で果たしていくことかもしれません。

ーこの後、5 分間ほど1から4までのポイントに沿って黙想をしました。ー

3.英神父の講話についての質問とコメント

3-1:
Q)なぜイエズス会を選ばれたのですか。
A)神の導きです。学校はイエズス会系の中学・高等学校でした。洗礼名がアシジ の聖フランシコでしたのでフランシスコ会も少し考えましたが。
イエズス会 入会後、あまりにも有名で大きな修道会であることが分かり、もっと無名で小さいところのほうがよかったとも思ったことがありました。しかし神さまからはそういうところを探せという呼びかけもありませんでしたので、現在もイエズス会会員を続けています。

3-2:
Q)霊名が自分の召命のヒントになるのでしょうか。
A)参考になるかもしれませんが、とくにこだわる必要はないと思います。神と自分の関係をふりかえってみるのがよいと思います。
直接に関係はありませんが、「どくだみ」、これは私のもう1つの名前です。 アルコホーリクス・アノニマス(AA)では参加者を実名で呼ばずにアノニマ スネームで呼びます。私の場合、最近までアノニマスネームが無かったので AA の人たちに名前をつけてくれるように頼んだところ 1 年ぐらいみなさんが 考えて、昨年の 10 月にこの名をもらい、現在使用しています。
「どくだみ」は平地の日陰にあり、悪臭のある小さい草花です。しかし解毒作用があるそうです。なんとなく私の使命にもつながっているようで気に入っています。

3-3:
Q)ふりかえりの中の出来事をどう神の呼びかけととらえるのか。
A)残念ながら今日は概論で終わってしまいました。よい質問です。
聖イグナチオの場合は病床での読書がきっかけとなり神の呼びかけを聴き、彼の使命を見いだしていきました。
西洋のことわざに「神は曲がった線で直線を描く」というのがあります。神の呼びかけには一貫性があり、心で出来事を見ていくとつながりや筋が分かりその一貫性に気づくと思います。そしてこの一貫性の中で召命を考えるのがよいでしょう。
聖心侍女修道会の創立者聖ラファエラ・マリアも神の呼びかけを忠実に実践された方でした。7 年間自分が創立した修道会の総会長として会を指導してきましたが、その後、経理上の不手際があったと勘違いして責任をとり、総会長を辞任しました。その時から死ぬまで最も身分の低い仕事に従事しました。彼女は神との対話のうちに自分の召命を深く理解されたからです。 (「ミサの前に読む聖人伝」C.バリョヌェボ著、サンパウロ参照)

3-4:
Q)神の呼びかけは命令でしょうか。
A)一人で静かにふりかえるのが大切です。神は人を通して、出来事を通して私たちを促されます。神は私たちに命令や強制をしたりしません。キリスト教の神は何よりも私たちの自由を圧倒的に尊重されます。

3-5:コメント、「福音を伝える」について
コ)英神父さまの AA でのニックネームは素晴らしいと思います。「どくだみ」は白く小さい美しい花を咲かせます。よい講話をありがとうございました。
昨年ローマから教皇庁福音宣教省長官のフェルディナンド・フィローニ枢機卿が来日されましたが、そのときフィローニ枢機卿は、「福音宣教を難しく考えず、福音宣教とは人との出会いであり、私たちの存在が Good News、つまり 福音的な存在となることです」とお話になりました。教会の来年度のテーマは「福音を伝える」です。楽しみにしています。

A)来年度は偶数月に 13 時からヨセフホールで「福音ワークショップ」を開き、教会のみなさんと一緒に福音をどう伝えるか学んでいきたいと考えています。ぜひご参加ください。

4.その他:
この講演の録音は英神父のブログ「福音お休み処」にアップされています。ブログはつぎのアドレスをクリックしていただけば聞くことができます:

次回の祈りのワークショップは 2 月 11 日 16:00@マリア聖堂で行います。 テーマは決まり次第ポスターでお知らせしますのでご覧下さい。

文責:英神父とミッション 2030 促進チーム

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