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【ミサ説教】マタイ福音書5章13-16節「暗闇をあまねく照らす光」

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マタイ福音書5章13-16節「暗闇をあまねく照らす光」2026年2月8日年間第5主日防府カトリック教会

今日の福音書朗読とお説教の聞きどころ

イエスは、弟子であるあなた方“そのもの”が光だと告げています。物や制度(麦わら)をいくら積んでも心は満たされません。必要なのは暗闇を消す光。政治や経済には限界がありますが、私たちには神の光で心を満たし、小さな灯でも周囲を照らし分かち合っていきましょう。

今日の王様のお話は初めて聞いたにゃー

福音朗読 マタイ福音書5章13-16節

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕13「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。
14あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。15また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。16
そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」

暗闇をあまねく照らす光

今日は山上の説教の8つの幸いの続きです。最初の最初の頃ですけれども、あなた方というのは弟子たちですけれども、世の光である地の塩であるというふうに言うわけですけれども、それを私たちも何か心がけたいと思います。
当時はですね、やはり塩というのは非常に貴重なものでした。
日本みたいに海から取るのではなくて、岩塩というか、土の中からいうかですね、非常に貴重なものでしたし、光もやはり今みたいにどこでも電気が通っているわけではなかったので、塩にしろ光にしろ、非常に貴重な、しかも大切な、そのようなものであるということを私たちに呼びかけているわけですね。

ちょっとお話をすると、昔、昔のある国に非常に立派な王様がいて、そしてその国を治めていたんですね。だんだん年をとってきて。息子が二人いて、長男と次男と二人いてね、そのどちらかに自分の後を継がせたいというふうに思ったんですけど、そのお兄さんも弟も両方とも立派で甲乙つけがたいような息子だったんですよね。
ある朝、大広間にその二人とそれで他の家臣たちですよね、家来たちをみんな集めて。それでこの二人の王子にですね、こう言ったんですね。
日が暮れるまでに一人一人にどうか10枚ずつを与えるから、それを使って、もし使わなくても。それでこの広間をですね、何でもいいから、王様の宮殿だから、大きい広間があって、広間をいっぱいにしなさいと。
その何かを手に入れてきて、それでそれを見て、そのいっぱいにできるかどうかというところを見てですね、どちらに継がせるか、王位を継がせるか決めると言って、それで二人の王子が外に出て行ったんですけど、お兄さんの方はまあ町や村をちょっと歩きながらちょうどですね、麦を収穫する時だったんですね。小麦とか大麦を収穫する時。で。それでまあ農業をやっている人たちが働いているのを見てですね、それで麦は取れば茎のところはいらないわけですよね。で、脱穀をしていて、それでこの茎がいっぱい麦わらと茎がいっぱいあって、それでそれを見て王子が農業をやっている人に麦を取ったその茎の方ですよね。麦わらの方をくれないかと。当時はまだそんなにそういうものはゴミと同じだったので、そこに捨てられているような感じだったので。そしたら農家の人がいいですよ、銅貨を1枚でですね、じゃあ銅貨1枚でその麦わらを譲ってくれと言ってですね、とにかく広場が大きいから、次から次へと農家を巡って1枚の銅貨で一人の人の麦わらを、10軒の麦わらを手に入れて、それで夕方ごろそれを脱穀が終えたのを持ってきて、広間を麦わらとか麦を取った後の茎で広間をいっぱいにして、王様に、この通りですね、ちょうど収穫の時期だったから、麦わらで肥料もいっぱいにしましたと。これで十分に覆いを引き継ぐことができるんじゃないですかと言ったんですね。
弟はまだ帰って来てなかったんですけれども。そしたら王様が、いや、そしたらちょっと弟が来るのを待ちましょうと言ってですね、この後の、しかも彼が何を持ってくるかわからないから、麦わらを全部片付けて、大広間をまた空っぽにしてですね。
そしたら弟の方はぎりぎり日が沈むギリギリぐらいに帰ってきて、それで日暮れになってだんだん暗くなってきたわけなんですね。そしたら弟は何かちょっと持っているようだけでも、何か大きな荷物も何も持ってないんですよね。で、広間をいっぱいにするのに、何か持っているようだけど、大して何を持ってないで弟が入ってきて、王様にじゃあ、これから私は広間をいっぱいにしましょうと言って、1本のどこかで買った大きなろうそくを出してきたんですね。ろうそくに火を灯したとたん、広間が光でもう夜になって暗くなっていたんですけど、そこで1本の大きなろうそくに火を灯したら、ろうそくの光で広間がいっぱいになったというかですね。暗闇がなくなって、全部光の中に包まれたわけですよね。弟がこの通り、私は陽の光で光の色もいっぱいにしましたと。
それで王様がこの二人のいっぱいにしたものを見て、弟の方にですね、この光でいっぱいにした、これこそが国民に最も必要なものだと。だから、お前に王位を譲ると言って、弟の方が、お兄さんの方はですね、麦わらでいっぱいにしたけど、役に立たないものをいっぱいにしても何の役にも立たないだろうということで、弟の弟の方にこの王位を継いだってね。そういうお話ですけども。

やっぱり私たちは本当に、私たち自身もそうですけれども、この社会にしても、実際何によって本当に満たされるのかっていうことですよね。それが今日はちょうど選挙の日に当たっていて、僕も夕方ぐらいにと。仕事が終わったら選挙に行こうと思ってますけれど、投票にどこに投票するか、それは様々でいいと思うんですけど、でも本当に政治とか、あるいはその候補者の話を聞いていて思うんですけれども、結局はどのような麦わらでいっぱいにするかという話じゃないかなと思うんですけれども。

本当に必要なのは光なんですよ。私たちに。でも光を約束することはできない。政治家が目に見える世界の話ですから、この思いわずらいとか、これは銅貨で大した価値がなくて、これだけ買えるからどうのこうのとかですね、それをお互い競い合っているだけで。

でも、私たちが本当に必要としているものは、多分やっぱりちょっと政治の世界では満たされない、何かそういうものじゃないかな。時は選挙期間中とか考えたり、それは政治の限界ですよね。政治が光の話だとできないかもしれないけれど、でも本当に必要なのはやっぱり単なる麦わらが多いとか少ないじゃなくて、本当に必要なのは私たちにとってやっぱり光、それは神様の光ということですけれども、光があってこそ、私たちは本当に照らされて、温められて導かれる。そういうものこそが本当に必要なんだなということをつくづく思いますけれども、それを政治に求めること自身が無理かもしれない。

そうすると、やっぱり私たちクリスチャンの役割は、やっぱりこの世界に光を灯す。
それはだから、全然次元の違う何かを私たちはこの世界に分かち合っていく。

しかもあれなんですよね、今日の例え話は私のようになれとか世の光になれって書いてないんですよね。あなた方は世の光であるとか、あなたがたは地の塩であると言っているんですよね。

この内なるものではなくて、そのもの、私たちのそのものがそうだと言っているわけですから、実際、私たち自身がまず神さまの光に。だから、この大広間の空っぽの大広間って、結局私たちの心かもしれない。私たちの心を麦藁で一生懸命ですね。何か物で一生懸命埋めようと思っても、それはやはりあまり意味がないような。

もちろんご飯を食べなきゃならないし、お金はもちろん必要ですけれども、私たちの心を本当に満たすものは、実際神さまの光なんですよね。それを私たちの心の中というか、生活の中にこそ輝かせて、私たちは何か生きがいとか喜びとか、そういうものを生きていけるんじゃないか。そしてそれを自分自身がまたその光となって、周りの人に少しでも照らせるようなですね、確かにこの部屋に1本ろうそくあるだけで、実は真夜中だったらものすごくよく、ほんのちょっとのものがすごく照らすわけですよね。
今の私たちは電気に慣れちゃっているから、ちょっと光の感覚が違いますけれども、でも1本のろうそくが、実際、もちろん世界全体で照らさないですけれども、でも小さなところだったらろうそくで照らせるのは間違いないんですよね。ものが見えたり、お互いが認識できたり、話し合ったりできる。1本のろうそくじゃ、ちょっとあの暖かさは無理ですけどね。今みたいな寒い時期は、もうちょっと焚火とかもうちょっとしないと。もちろんもうちょっと強い火が必要ではありますけれども、私たちは神さまから本当の火をいただいて、それを輝き、その暖かさで自分自身が照らされるように、そしてそれをできれば周りの人に分かち合っていけるものですね。

だから、イエス様は、約束されたのは、どう考えたって衣食住のことを一言も言っていないわけですよね。お金がどうのこうのとか、生活を安定させましょうとか、今の政治家が言っていることはほとんど何も言っていない。実際、それはもう次元とか角度が全く違うからですよね。

でも、イエス様が言っているのは、本当の光を私たちに与えて、それに照らされて私たちが生きていく、その恵みがあるということですから、本当に神様からいただくその恵みをしっかりいただいて、それを周りの人に分かち合っていけるように、神様に恵みと力を願いたいと思います。

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