私の記念として行いなさい

私の記念として行いなさい
英隆一朗

「私の記念として行いなさい」(1コリ11,24)。聖餐式・ミサでただ形式的に礼拝しても、それはまことの記念ではないだろう。イエスの十字架と復活を記念することは、自分自身がイエスの生と死に何らかの形で見倣っていることが必要ではないか。この聖なる三日間、イエスの苦しみと死を記念できる祈りと生き方をささげたい。

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