今日のみことばの黙想

主の囚人であること

「主の囚人であること」(2テモ1,8)
英隆一朗

「主の囚人であること」(2テモ1,8)。パウロは福音を宣べ伝えたので、何回か投獄された。それでも彼の心を縛ることはできなかった。まわりの環境を嘆く人は多い(何でこんな変な職場だとか、パートナーは最低だとか)。そのようなものに縛られていても仕方ない。主イエスにこそ捉えられているならば、まわりはどうでもよい。

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